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HEP入門 (新装版) ―〈ハビタット評価手続き〉マニュアル―
田中 章(著)
内容紹介
HEP(ヘップ)は,環境への影響を野生生物の視点から生物学的にわかりやすく定量評価できる世界で最も普及している方法〔内容〕概念とメカニズム/日本での適用対象/適用プロセス/米国におけるHEP誕生の背景/日本での展開と可能性/他
編集部から
新装版に際して
2010年秋、生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP10)が日本で開催され、国際社会における生物多様性保全に関する諸概念が注目されるようになった。国際共通語の名称にも変化が起きており,本書で取り上げた「代償ミティゲーション(Compensatory Mitigation)」は「生物多様性オフセット(Biodiversity Offset)」と、「ミティゲーションバンキング(Mitigation Banking)」は「生物多様性バンキング(Biodiversity Banking)」とそれぞれ呼ばれるようになってきたことを指摘しておきたい。
さて、本書を刊行した2006年と比較すると,今日の生物多様性保全を囲む状況は大きく変わっている。東京都市大学の当研究室の調査によると、生物多様性オフセットあるいはノーネットロス政策を制度化している国は、2010年現在で少なくとも53か国に上る。また、各国政府機関、国際機関、国際企業が名を連ねるBBOP(Business and Biodiversity Offset Program)は2012年に生物多様性オフセットのボランタリーな国際基準を発表する予定である。ボランタリーとは言え世界銀行グループの国際金融公社(IFC)がこの基準を融資条件とすることが決まっている。未だ生物多様性オフセットの制度化がなされていない日本においても、BBOPのガイドラインは結果的に企業やODAに影響を与えるだろう。BBOPが推奨している生物多様性オフセットの定量評価手法の筆頭がHEPである。生物多様性バンキングに関しては、アメリカに加えてドイツ、オーストラリアなどで盛んになっており、そこではHEPを元に開発されたハビタット・ヘクタール法などの簡易定量評価手法が使われている。
CBD COP10の開催は、国内の生物多様性保全の気運を一挙に高めた。そのこともあり、本書で説明しているような本格的なHEPが実際の環境アセスメントで使われるようになった。一方、企業敷地や企業活動の評価のために、HEPを簡易化したいくつかの手法が開発され使われている。一部の先進的な自治体や土地所有者(企業,個人)は、当方が提案している「里山バンキング」(生物多様性バンキングと日本の里山・里地・里海保全と人材育成を融合させたもの)の導入を検討し始めている。
本書で取り上げているHEP、ミティゲーションハイエラルキー、代償ミティゲーション(生物多様性オフセット)、ミティゲーションバンキング(生物多様性バンキング)、ノーネットロス政策、(戦略的)環境アセスメントなどの政策や手法を,筆者が1つの体系として研究し始めたのは1980年代後半のカリフォルニアにおいてである。あれから20年以上が過ぎ、これらの一見バラバラに見えていた概念が、実は1つの大きな目的、即ち「開発などの人間行為と生態系保全の健全なバランスの構築」に向けたエンジンとして、お互いに密接につながっていることが認識され始めているのではないだろうか。お隣の韓国では、本書の翻訳本の出版が決まった。本書が、生態的に持続可能な社会構築のエンジンとしてこれからも大いに活用されることを期待したい。(田中 章)
目次
1. HEP の理念と基本的なメカニズム
1.1 HEP の理念と「質」×「空間」×「時間」という視点
1.2 HEP の基本的なメカニズム
2. HEP が適用できる対象と適用の条件
2.1 HEP が適用できる対象
2.1.1 計画案の立地選定,工法選定,工期選定などにおける評価
2.1.2 開発行為や保全行為の目標設定と順応的管理への応用
2.1.3 環境アセスメントにおける適用
2.2 HEP 適用の条件
3. HEP のプロセス
3.1 HEP の全体フロー
3.2 HSI モデルの構築方法
4.米国におけるHEP誕生の背景
4.1HEP誕生における環境アセスメント法の役割
4.2ハビタット復元・創造の根拠となる法制度
4.2.1代償ミティゲーションと自然資源トラスティー
4.2.2ウェットランドのノーネットロス政策とミティゲーションバンキング
4.2.3ウェットランド以外の生態系に関する法制度
5.米国事例紹介ダム撤去と生態系復元におけるHEPの適用
5.1環境アセスメントの複数案比較評価におけるHEP適用
5.2本プロジェクトの背景
5.3ドラフトEIS/EIRで検討された複数の生態系復元案
5.4HEPの内容
5.4.1HEPチームの設立
5.4.2カバータイプ区分
5.4.3目標の設定とブレークダウンとHSIモデルの構築
5.4.4HEPアカウンティング結果
5.5HEPによって選定された案
6.日本におけるHEPの展開と可能性
6.1日本におけるHEPの展開
6.1.1日本におけるHEP及びIFIMの適用状況
6.1.2日本におけるHSIモデルの構築状況
6.2日本におけるHEP適用の課題
6.2.1HEPのプロセスに関する課題
6.2.2HEPを取り巻く環境に関する課題
7.HEP例題
7.1前提条件(ケース1,ケース2の双方に共通)
7.2ケース1:複数の開発案をコナラリスのHUによって比較評価する
7.2.1複数の開発案の状況
7.2.2コナラリスのHSIモデル
7.2.3各サイトのカバータイプ,面積,ハビタット変数
7.2.4ケース1のヒント(HU算出手順)
7.2.5ケース1の解答例
7.2.6各開発予定サイトにおけるTHU算出手順の解説
7.3ケース2:複数の代償ミティゲーション案をコナラリスのCHUによって比較評価する
7.3.1複数の代償ミティゲーション案の状況
7.3.2HSIモデルとターゲットイヤー
7.3.3各サイトのカバータイプ,面積,ハビタット変数
7.3.4ケース2のヒント(CHU算出手順)
7.3.5ケース2の解答例
7.4補足説明評価区域の設定について
BOX1 石油流出事故に伴う代償ミティゲーションとHEA
BOX2 景観評価へのHEPの応用
BOX3 生物多様性条約と日本の生態系アセスメント
BOX4 HEPに登場する指数一覧
BOX5 HEPチームと環境アセスメントチーム
BOX6 複数の評価種によるHEPとトレードオフ分析
BOX7 SIモデル及びHSIモデルの精度について
BOX8 狭義のHSIモデルと広義のHSIモデル
BOX9 ミティゲーションバンキングにおける生態系評価とHEP
BOX10 ミティゲーションとは
BOX11 HEPとIFIM,PHABSIM
BOX12 米国政府が公開しているHSIモデル
BOX13 HEP効果――HEP導入に伴う副次的効果
おわりに
参考文献
索引