日本語は、周辺諸国をはじめ世界の言語との接触の機会が格段に増えました。また、前世紀の後半に進行した社会の変革は、今世紀に入り、ますます日本語に多様化をもたらしつつあります。
ここに、『日本語大事典』を編むにあたり、そうした日本語をとりまく環境の変化を敏感にとらえ、孤立した日本語、あるいは等質的な日本語というとらえ方ではなく、可能なかぎりグローバルで複合的な視点に基づいた新しい日本語学事典を編集したいという意図の下に、この事典を企画しました。
また、二十世紀を迎えたとき、私たちはソシュールの新しい言語理論によって言語研究が飛躍的に進展したことを記憶しています。この二十世紀の言語研究の理論・方法・分析の蓄積を将来に伝え、二十一世紀の言語研究の更なる発展に生かしたいという考えも本事典の企画の根底にあります。
さらに、日本語研究が今後大きな広がりを見せるには、専門の研究者の育成とともに、日本語を学ぶ外国人、日本語に関心をもつ一般の人たちの興味や疑問に答えることが不可欠であると考えます。豊富な内容とわかりやすい解説により、一般の人たちに日本語のおもしろさや奥深さを伝えることも、本事典のめざすところです。
(序文より)
最新の言語学の中の日本語 作家 阿刀田 高
言葉は人聞の脳みそに等しい。赤ちゃんはまっ白い頭で生まれて来て、言葉を知ることにより知識を蓄え、考えることを知り、周囲とのコミュニケーションを培っていく。やがて自己の確立へとつながっていく。 脳みその働きは、言葉によって果されるところが大きい。そして、私たち日本人にとって、その言葉が日本語であることは言うまでもあるまい。
今般出版される『日本語大事典』は、まさに私たちの脳みその働きを励まし、より広くより深く、活性化してくれるものだ。
日本語が特殊なる言語であることは論をまたない。長い歴史を持ち、奥行きも深い。この多彩な言語の本質をどうとらえるか、他の言語との比較によってどう理解するか、新しい研究の成果を事典という形でコンパクトに解明している点が本書の特徴であり、長所である。日本語を世界の言語学の中において体系化し、比較検討し、わかりやすく説くものとして尊い。国語事典とは異なる特質であり、研究者に資するものであると同時に、脳みそに養分を与えてくれるものでもある。座右に置けば、
――おや、こういうことなのか――
眼を見張ることが多い。おおかたの享受を訴えたいと思う。
知の宝庫を開く楽しみ 国立公文書館館長 加藤丈夫
十数年の歳月をかけて編まれた『日本語大事典』は、文字通り日本語に関するすべてが詰め込まれた“知の宝庫”だ。
事典の特長は“引く喜び”と“読む楽しみ”を同時に味わえることにあるが、この事典には厳選された約3500点の項目それぞれに専門家の詳細な解説がついており、それを引く日本語学の研究者にとってはこの上ない便利で役に立つ座右の書となるだろう。
一方、研究者ではないが読書を趣味とする一般人にとって、この事典には読む楽しみがある。私たちが毎日当たり前のように使っている日本語とはそもそもどんな言語なのか・・・仕事から解放された自由な時間、手元の事典のページを繰りながら目に止まった項目を読み進むうちに、いつの間にかその奥深い内容にたどり着く。それは日本語を切り口とした日本文化の理解にも繁がっていくのだが、この事典をひもとくことは正に知の宝庫を開くことだと言えるだろう。
新たな冒険への泉 国文学者 中西 進
ことばの海に、冒険を求めて船出しようとする者に、どれほどの、どのような備品を用意すればよいか――、本書に勢揃いした事項は、冒険のための武器であり、生活の必需品、とりわけ生命をつなぎ、生き生きと活動させるための活力源だという感が深い。
具体的にいえば、従来の研究の成果である学術語、それを生み出した人物、業績を収めた書物、そして語史を主とする数かずの事項が並べられているのだが、まずわたしは、この全貌の豊かさに驚いた。
そして豊穣なこの成果は、ここに適切に陣容を整えることで、いっそう豊かな未来へと言語学を発展させていくだろうという予感が私を身震いさせる。
とりわけ全世界の言語の中に日本語をおくときの面白味は、言葉を絶する。この事典は検索する事典であると同時に、読む事典ともなるだろう。さまざまな興味が、狭い学界をこえて、日本語に生きるすべての人びとから湧き出るさまが、今から鮮かに見える。
本書は新たなる冒険への泉である。
言語遺産の魅力を網羅 宗教学者 山折哲雄
言語をめぐるグローバルな戦略地図があるとして、そもそも日本語は亡びの道を辿っているのか、それとも柔軟な浸透力と可能性を秘めているのか、そこのところがよくわからない。それというのも英語のもつ圧倒的な流通力がいぜんとして衰える気配をみせないからである。そこから「亡びゆく日本語」などという嘆息まじりの声もあがる。
けれどもこのたび、わが国の日本語学、言語学および関連学界の英知を集めて世に問うことになった本企画『日本語大事典』の全貌に接するとき、その嘆きの声がたんなる杞憂にすぎないことを知らされた。さすがわが国の千数百年の歴史が蓄積してきた言語遺産が膨大なものであり、中国文明と西欧文明からの絶えざる刺激と影響のもとに奥行きのあるコトバの重層構造をつくりあげてきたことにあらためて気づかせてもらったからだ。
この日本語の魅力を浮かび上がらせる大百科事典が、これからの若い世代にたいしても、その心をとらえ、かれらの言語能力に磨きをかけていくであろうことを願ってやまないのである。
- 佐藤武義
- 東北大学名誉教授
- 前田富祺
- 大阪大学名誉教授
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