ⓔコラム8-10-1 低流量低圧較差大動脈弁狭窄症
ASは重症化とともに大動脈弁口面積が低下し,大動脈弁最大通過血流速度と平均弁圧較差が上昇する.したがって,この3指標が基準を満たしていれば重症の判断に迷うことはない.しかしながら,弁口面積が基準値以下まで低下しているにもかかわらず大動脈弁最大通過血流速度や平均弁圧較差が基準値まで上昇していないことがある.弁口面積と大動脈弁最大通過血流速度や平均弁圧較差との関係は,大動脈弁通過血流量が保持されていれば乖離を示すことはないが,大動脈弁通過血流量が低下している病態では,大動脈弁最大通過血流速度や平均弁圧較差の上昇がそれほど大きくならない.このような病態を低流量低圧較差AS (low–flow,low–gradient AS) とよぶ.低流量を招く大きな原因は左室駆出率が低下している場合と,左室容積が狭小化している場合に大きく分けられる.
左室駆出率低下例 (図1)
大動脈弁口面積が低下しているうえに左室駆出率が低下している (左室駆出率50%未満が目安) 症例における病態の評価は慎重に行わなくてはならない.通常,重症ASで左室駆出率が低下していれば,自覚症状の有無にかかわらず大動脈弁に対する治療介入がclassⅠとされている.しかしこのような症例では,大動脈弁口面積低下が重症ASによるものか,もう少し大動脈弁には開大する余地があるにもかかわらず大動脈弁通過血流量低下により見かけ上の大動脈弁口面積低下を招いているのかを見分けなければならない.前者 (true severe AS) であれば大動脈弁に対する治療介入の対象となるが,後者 (pseudo severe AS) では大動脈弁に対する治療介入の対象とならない.
この両者の鑑別にはドブタミン負荷心エコー検査を行い1回拍出量を増加させ,大動脈弁口面積が変わらず大動脈弁最大通過血流速度と平均弁圧較差が増加するのか,大動脈弁口面積が増加し大動脈弁最大通過血流速度と平均弁圧較差があまり増加しないのかを評価する1).前者はtrue severe ASであり,後者はpseudo severe ASである (図1).
左室容積狭小化例 (paradoxical AS)
左室駆出率は保持されているため,大動脈弁口面積と,大動脈弁最大通過血流速度や平均弁圧較差のデータに乖離が生じた場合に計測誤差と勘違いしてしまうかもしれないが,左室拡張末期容積が小さい場合は,この病態を念頭におくべきである.典型的な例は,ASにより左室が求心性肥大を呈し,左室壁が肥厚し左室容積が狭小化している場合である.大動脈弁口面積の測定に誤りがないことを確認したら,CTにより大動脈弁の石灰化の程度を評価するなどして総合的にtrue severe ASか否かを判断する.なお,この病態の予後については不良とするものと2),これを否定するものがあり3,4),いまだ見解の一致をみていない.
〔山本一博〕
■文献
日本循環器学会,他:弁膜疾患治療のガイドライン (2020年改訂版) https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf
Hachicha Z, Dumesnil JG, et al: Paradoxical low–flow, low–gradient severe aortic stenosis despite preserved ejection fraction is associated with higher afterload and reduced survival. Circulation, 2007; 115: 2856–2864.
Tribouilloy C, Rusinaru D, et al: Low–gradient, low–flow severe aortic stenosis with preserved left ventricular ejection fraction: characteristics, outcome, and implications for surgery. J Am Coll Cardiol, 2015; 65: 55–66.
Yamashita E, Takeuchi M, et al: Prognostic value of paradoxical low–gradient severe aortic stenosis in Japan: Japanese Multicenter Aortic Stenosis Study, Retrospective (JUST–R) Registry. J Cardiol, 2015; 65: 360–368.