ⓔコラム8-7-8 虚血性心疾患の予防
脂質異常症管理による冠動脈疾患一次予防
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版では,冠動脈疾患の10年間の死亡率のリスク評価ツールとして「NIPPON DATA80」のリスク評価チャートが使用されたが,これはスタチンが使用されていない1980年に登録されたものであった.スタチンなどのLDLコレステロール低下薬が広く使われている現代では,冠動脈疾患の10年間の死亡率は大きく減少し,時代に即したコホートを用いる必要があることから,動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版では,10年間の冠動脈疾患発症率を評価するツールとして,吹田研究1)における吹田スコアに基づいた層別化が行われている (ⓔ図8-7-4).
冠動脈疾患一次予防においてガイドラインでは,原則として一定期間の生活習慣改善を行い,その効果を判定したうえで薬物療法の適応を考慮する.LDLコレステロールの管理目標値として,低リスク群は160 mg/dL未満,中リスク群は140 mg/dL未満,高リスク群は120 mg/dL未満となっており,低リスク群であっても180 mg/dL以上の場合には,薬物療法を考慮する.家族性高コレステロール血症がある場合には,より早期に薬物療法を考慮し厳格にコントロールする必要がある.
脂質異常症管理による冠動脈疾患二次予防
冠動脈疾患二次予防においては,生活習慣の改善を行うとともに,発症後早期から少なくともLDLコレステロール100 mg/dL未満を目標とした積極的な治療を行うこととなっている.また合併するリスクによってはさらに低い値も考慮する.
LDLコレステロール管理におけるthe lower, the betterの意義
わが国におけるエビデンスの蓄積は,まだ十分ではないが,ESTABLISH試験2)などにおいて,スタチン治療後の冠動脈プラークを血管内超音波検査で解析したところ,急性冠症候群 (acute coronary syndrome: ACS) の発症早期から厳格なLDLコレステロール低下療法を行い,70 mg/dLまで低下させた結果,冠動脈プラーク容積の退縮が起こりやすいことが示された.さらには,スタチンによる心血管イベントの有意な抑制効果がメタ解析で証明されており,LDLコレステロールの低下量と主要心血管イベント抑制効果との間には正相関が認められるとともに,治療中のLDLコレステロール値と主要心血管イベント発症にも正相関が示されていることから,少なくとも二次予防では治療中LDLコレステロール値が低いほど心血管イベント再発は少ないとされている.しかし,これまでのスタチン単独の臨床試験で到達したLDLコレステロール値では,この程度までにとどまっており,どこまで下げるべきかの意義は不明であった.
そこでLDLコレステロールを低下させてイベント発症をみている試験として,シンバスタチン単独に比べて,スタチン以外の薬剤である小腸コレステロールトランスポーター阻害薬 (エゼチミブ) 併用がACSの患者においてイベント再発リスクを有意に減少させることが,IMPROVE–IT (IMProved Reduction of Outcomes: Vytorin Efficacy International Trial) 試験3)で示された.治療開始1年後のLDLコレステロールはシンバスタチン群69.5 mg/dL,シンバスタチン+エゼチミブ群53.7 mg/dLであった.心血管死,非致死性心筋梗塞,不安定狭心症による再入院,冠血行再建,非致死性脳卒中の複合エンドポイントからなる一次エンドポイントは,併用群で6.4%と有意に減少し,LDLコレステロールを70 mg/dLから50 mg/dL程度まで低下させることによるイベント再発抑制効果が示された.さらに,ランダム化比較試験でスタチン投与群に割り付けられた患者38153例を対象とした報告4)では,投与開始1年後の治療中LDLコレステロール値を7レベルに分けたところ,主要心血管イベントのハザード比は,治療中の値が50 mg/dL未満の群で最も低く,少なくとも冠動脈疾患二次予防におけるLDLコレステロール管理目標として”the lower,the better”の概念が重要であると考えられた.
〔河上 良・南野哲男〕
■文献
Nishimura K, Okamura T, et al: Predicting coronary heart disease using risk factor categories for a Japanese urban population, and comparison with the Framingham risk score: the Suita study. J Atheroscler Thromb, 2014; 21: 784–798.
Okazaki S, Yokoyama T, et al: Early statin treatment in patients with acute coronary syndrome : demonstration of the beneficial effect on atherosclerotic lesions by serial volumetric intravascular ultrasound analysis during half a year after coronary event : the ESTABLISH Study. Circulation, 2004; 110: 1061–1068.
Cannon CP, Blazing MA, et al: Ezetimibe added to statin therapy after acute coronary syndromes. N Engl J Med, 2015; 372: 2387–2397.
Boekholdt SM, Hovingh GK, et al: Very low levels of atherogenic lipoproteins and the risk for cardiovascular events: a meta-analysis of statin trials. J Am Coll Cardiol, 2014; 64: 485–494.