ⓔコラム9-2-8 わが国の降圧目標の変遷

 わが国の高血圧治療ガイドラインの起源は高血圧治療ガイドライン2000年版 (JSH2000)1)である.その発表後,米国や欧州のガイドライン,世界保健機関 (WHO) と国際高血圧学会 (ISH) のステイトメントなどを反映して,高血圧治療ガイドライン2004 (JSH2004)2)が発表された.JSH2004では,若年者・中年者の降圧目標を診察室血圧で130/85 mmHg未満とし,糖尿病および腎疾患患者の降圧目標が130/80 mmHg未満に引き下げられた.高齢者高血圧においては,中間目標値が150/90 mmHg未満に設定されたが,最終降圧目標は140/90 mmHg未満となった.その後,介入試験により厳格降圧が脳心血管病発症の減少をもたらすことが明らかとなり,2007年の欧州ガイドラインでは,糖尿病と慢性腎臓病 (CKD) に加えて脳血管障害や冠動脈疾患合併例においても,降圧目標値が130/80 mmHg未満に厳格化された.

 これらおよびわが国のエビデンスなどの結果を反映して,高血圧治療ガイドライン2009 (JSH2009)3)が発表された.JSH2009では,糖尿病やCKD患者に加えて心筋梗塞後の患者の降圧目標は130/80 mmHg未満となった.脳血管障害患者の降圧目標は140/90 mmHg未満,高齢者においても最終降圧目標は140/90 mmHg未満となった.

 2011年以降,英国,欧州,米国およびわが国の高血圧治療ガイドラインが改訂された.高血圧治療ガイドライン2014 (JSH2014)4)では,介入試験の成績を考慮し,一般的な降圧目標は140/90 mmHg未満となった.合併リスクの少ない若・中年の高血圧患者では,140/90 mmHgより低い降圧目標の有意性を支持する介入試験の成績が乏しいことから,若年者・中年者の降圧目標が140/90 mmHg未満に変更された.糖尿病,蛋白尿を有するCKDなどの高リスク患者の降圧目標はJSH2009を踏襲した.一方,心筋梗塞後や脳卒中後の高リスク患者については,過度な降圧による組織血流の低下の懸念や厳格降圧による明確な予後改善のエビデンスが十分でないことから,降圧目標は140/90 mmHg未満となった.高齢者は,個体差を考慮する必要があること,高齢者高血圧のエビデンスにおける到達血圧が十分に低くなくても予後改善が得られることから,初期目標を150/90 mmHg未満として,忍容性があれば140/90 mmHg未満を目指すとなった.その発表後,収縮期血圧120 mmHg未満あるいは130 mmHg未満を降圧目標とした介入試験やこれらを含むメタ解析の成績が公表され,収縮期血圧130 mmHg未満の厳格降圧の有効性が示された.

 これらを反映して,米国,欧州およびわが国のガイドラインの降圧目標が厳格化された.JSH2019では,130/80 mmHg未満を75歳未満の成人の降圧目標として推奨している.一方,自力での通院可能な75歳以上の高齢者の降圧目標については,140/90 mmHg未満となった5).このように,降圧目標は,その時点で得られる最新のEBMに基づくため,変遷しうる指針である.

〔崎間 敦・大屋祐輔〕

■文献

  1. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2000年版 (JSH2000),日本高血圧学会,2000.

  2. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2004,日本高血圧学会,2004.

  3. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2009,ライフサイエンス出版,2009.

  4. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2014,ライフサイエンス出版,2014.

  5. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2019,ライフサイエンス出版,2019.