ⓔコラム15-4-13 TSAbとTSBAb
Basedow病は自己免疫性原発性甲状腺機能亢進症である.血中に出現する甲状腺刺激性自己抗体が甲状腺濾胞細胞に発現しているTSH受容体に直接結合し,進行性の甲状腺機能亢進症を引き起こす.本来,TSH受容体はTSHによってのみオンのスイッチが入る.TSH結合によって活性化したTSH受容体はGs蛋白を介して細胞内にシグナルを伝達し,最終的に甲状腺ホルモンの合成と分泌を促す.血中甲状腺ホルモンが増加すると,下垂体のサイロトロープ (TSH産生細胞) においてTSH遺伝子の発現が抑えられ,TSHの合成と分泌が減少する.このようにして,甲状腺ホルモンの血中濃度は一定に保たれているのであるが,Basedow病のTSH受容体自己抗体は,このようなネガティブフィードバックを受けることなく,TSHの代わりにTSH受容体を延々と刺激し続ける.
Basedow病の診断と治療効果判定を目的として,血中TSH受容体自己抗体のさまざまな検出方法が考案され,進化してきた.その1つは,TBII (TSH–binding inhibitory immunoglobulins) とよばれるTSHとTSH受容体の結合阻害をみる方法である.アッセイ名として,一般にTRAbとよばれている.もう1つがバイオアッセイである.すなわち,培養甲状腺細胞に患者血清をふりかけることにより,細胞に発現しているTSH受容体への結合を介して増加した細胞内サイクリックAMP活性を測定する方法である.これは甲状腺刺激抗体 (thyroid stimulating antibody: TSAb) とよばれる.一方,原発性甲状腺機能低下症の原因の多くは橋本病によるものであるが,一部に阻害型のTSH受容体抗体による場合 (一部の特発性粘液水腫や萎縮性甲状腺炎) がある.この阻害型TSH受容体抗体 (thyroid blocking antibody: TBAb) は一部のBasedow病患者血清からも分離されている.TBAbはTSH受容体に結合はするが刺激はしない自己抗体であり,したがって,TBIIは陽性となる.TBAbの阻害活性もバイオアッセイによって検出可能である.具体的には,TSAbと同じ培養甲状腺細胞に,一定濃度のTSHと患者血清を一緒にふりかける.TSHによって刺激されたTSH受容体を介して増加した細胞内のサイクリックAMP活性が,患者血清が共存することで,どれだけ低下するかを測定する.完全にブロックすれば阻害率100%ということになる.このため,このアッセイ方法は TSH刺激阻害抗体 (TSH–stimulation blocking antibody: TSBAb) とよばれる.通常,TSHの濃度は100 mIU/Lが用いられる.Basedow病や特発性粘液水腫患者血清中のTSH受容体自己抗体はポリクローナルであり,多かれ少なかれ刺激活性も併せもつ.したがって,この刺激活性が100 mIU/L TSHのそれを上回ることになれば,もはやTSBAbの判定はできない.逆に,TSAbはTBIIで検出されない程度の少量でも検出可能であるが,TSBAbはある程度の量がないとTSHの結合を邪魔できないので検出されない.すなわち,TSBAb (アッセイ) が陰性であってもTBAb (ブロッキング抗体) がないとはいえないのである.ちなみに,TBAbのモノクローナル抗体はBasedow病に対する分子標的薬として,現在日本での治験が進行中である.
〔田上哲也〕