ⓔコラム15-4-14 甲状腺中毒症と甲状腺機能亢進症

 甲状腺中毒症と甲状腺機能亢進症はしばしば混同される.甲状腺中毒症は英語のthyrotoxicosisの,甲状腺機能亢進症はhyperthyroidismの和訳である.ちなみに,血中のトリヨードサイロニンだけが高い病態をT3 toxicosis (T3中毒症),橋本病にBasedow病を合併したものはHashi–toxicosisという.甲状腺機能がhyperthyroid,euthyroid (甲状腺機能正常),hypothyroid (甲状腺機能低下) と分類されることから,血中の甲状腺ホルモンが低値である甲状腺機能低下症の反対語として,血中甲状腺ホルモンが高値の場合には甲状腺機能亢進症といいがちである.しかし,甲状腺の機能 (働き) が亢進していない甲状腺中毒症があるというのが区別の根拠である.

 臨床現場で血中甲状腺ホルモンの高値を認めた場合,まずはBasedow病の可能性を考えるが,第一に鑑別すべき疾患として橋本病をベースとした無痛性甲状腺炎がある.どちらも,甲状腺中毒症状とびまん性甲状腺腫を呈するが,Basedow病は進行性である反面,無痛性甲状腺炎は自然軽快する疾患であるからである.すなわち,Basedow病は放置されると甲状腺クリーゼを起こすかもしれないし,無痛性甲状腺炎を間違って抗甲状腺薬で治療すると重篤な副作用 (無顆粒球症や重症肝障害) を引き起こすかもしれない.このため,甲状腺中毒症が甲状腺機能亢進症 (Basedow病) なのか,破壊性甲状腺中毒症 (無痛性甲状腺炎) なのかを厳密に区別する必要がある.さらに,甲状腺ホルモン薬を過剰服用した病態 (詐病性甲状腺中毒症という) においても,自身の甲状腺の機能 (働き) は抑制されているので甲状腺機能低下症かというと,そうではない.これも甲状腺中毒症である.つまり,甲状腺機能亢進症と,破壊性甲状腺中毒症や詐病性甲状腺中毒症とを合わせたものとして甲状腺中毒症があり,甲状腺の機能が亢進しているものだけを治療 (機能抑制の) 対象として甲状腺機能亢進症とよぶべきであるというのが専門医の言い分である.換言すれば,甲状腺機能低下症の反対語は甲状腺機能亢進症ではなく,甲状腺中毒症ということになる.

 ただし,甲状腺中毒症という訳語がわかりづらいという意見もある.臓器+中毒症とはなんぞやということである.甲状腺ホルモン中毒症の方がいいかもしれない.あるいは,甲状腺中毒症の本態は「血中甲状腺ホルモンが基準値をこえている」ということであるから,高ナトリウム血症や高プロラクチン血症などのように「高甲状腺ホルモン血症」や「高サイロキシン (T4) 血症」といえ,さらに甲状腺ホルモンによる過剰症状が出現していれば「甲状腺ホルモン過剰症」といえるであろう.そして,その逆は「低甲状腺ホルモン血症」と「甲状腺ホルモン欠乏症」となる.

〔田上哲也〕