ⓔコラム16-2-3 正常血糖糖尿病ケトアシドーシス
糖尿病ケトアシドーシスは極度のインスリン作用不足によって起こる急性代謝失調状態である.したがって,ケトアシドーシスには必然的に高血糖を伴う.診断にも高血糖,高ケトン血症,アシドーシスが3徴として用いられている.しかしながら,インスリン作用に依存することなく血糖を低下させる薬剤が併用されている場合には,高血糖を伴わない糖尿病ケトアシドーシスが生じうる.その代表がSGLT2阻害薬服用者における糖尿病ケトアシドーシスである.SGLT2阻害薬は腎臓の近位尿細管におけるグルコースの再吸収を阻害し,尿糖排泄を増加させることによって血糖値を低下させる薬剤である.このため血糖低下にインスリンを必要とせず,極度のインスリン作用不足があっても血糖値が低下する.最近,SGLT2阻害薬が1型糖尿病におけるインスリン治療の併用薬剤として認可されたことから,顕著な高血糖を伴わない糖尿病ケトアシドーシスが少なからず報告されるようになり,euglycemic diabetic ketoacidosis (正常血糖糖尿病ケトアシドーシス) として注意喚起がなされている1,2).
正常血糖とはいうものの,血糖値は必ずしも正常値とは限らず,糖尿病ケトアシドーシスで通常認められるような高血糖 (≧250 mg/dL) を伴わない糖尿病ケトアシドーシスという意味である.インスリンポンプ治療中の1型糖尿病患者において,インスリンポンプ注入を中断して血中ケトン体と血糖値の推移を経時的に観察した研究では,血中ケトン体 (3–ヒドロキシ酪酸) 濃度はSGLT2阻害薬併用の有無にかかわらず同程度に上昇したが,血糖値はSGLT2阻害薬併用例で有意に低かったことが報告されている (図1)3).
糖尿病ケトアシドーシスの診断の手がかりの1つが高血糖であることから,正常血糖糖尿病ケトアシドーシスでは,体調不良の原因がケトアシドーシスによるものとは気づかずに発見が遅れ,重症化して生命予後にかかわる可能性があるため注意が必要である.もともとSGLT2阻害薬治療においてはケトン体が上昇しやすい病態が存在することから,ケトーシス,ケトアシドーシスのリスクが上昇する可能性が指摘されている4).1型糖尿病にかぎらずインスリン治療中の2型糖尿病などにおいても注意が必要である.
SGLT2阻害薬服用者における正常血糖糖尿病ケトアシドーシスでは,グルコースが尿へ排泄されていることから細胞内は飢餓状態にあり,グルコースやカリウムが不足している.治療初期からグルコース入りの輸液を用いた治療が必要で,カリウムなどの電解質補充も十分に行う必要がある.
〔池上博司〕
■文献
Peters AL, Buschur EO, et al: Euglycemic diabetic ketoacidosis: a potential complication of treatment with sodium–glucose transporter 2 inhibition. Diabetes Care, 2015; 38: 1687–1693.
Danne T, Garg S, et al. International consensus on risk management of diabetic ketoacidosis in patients with type 1 diabetes treated with sodium glucose cotransporter (SGLT2) inhibitors. Diabetes Care, 2019; 42: 1147–1153.
Patel NS, Van Name MA, et al: Altered patterns of early metabolic decompensation in type 1 diabetes during treatment with a SGLT2 inhibitor: an insulin pump suspension study. Diabetes Technol Ther, 2017; 19: 618–622.
Taylor SI, Blau JE, et al: SGLT2 inhibitors may predispose to ketoacidosis. J Clin Endocrinol Metab, 2015; 100: 2849–2852.