ⓔコラム3-6-1 カロリー制限とNMN
モデル生物におけるカロリー制限による寿命延長効果は,長くその分子機構が不明であった.近年,カロリー制限により活性化あるいは不活性化されるシグナル分子がいくつか報告された.前者はサーチュインやAMPK,後者はTORキナーゼである.サーチュインやAMPKの共通標的は,ミトコンドリア新生に関与する転写因子であるPGC–1α (peroxisome proliferator activated receptor (PPAR) gamma coactivator–1 alpha) と判明した.AMPKによるTORキナーゼ阻害や,NAD合成酵素 (nicotinamide phosphoribosyltransferase: NAMPT) 活性化も見いだされた.よって,これらシグナル分子の調節薬による老化制御の可能性が検討されている.
まず,サーチュインとAMPKの両者を活性化する物質として,レスベラトロールが見いだされた.赤ワインに含まれる新種のポリフェノールの一種である.肥満マウスを用いた実験で,レスベラトロールによる寿命回復が確認された1).この知見は,以前よりよく知られる「フレンチパラドックス」に合致した.フランス人はフランス料理の名前で知られるように美食家として有名であり,ヨーロッパのなかで,コレステロール摂取率はフランス人が第1位といわれている.ところが,心筋梗塞の発症率は,ヨーロッパのなかでフランス人は最低頻度である.フランス人が美食家にもかかわらず,動脈硬化が少ない理由は,フランス人の好きな赤ワインのおかげだという仮説を「フレンチパラドックス」とよぶ.「フレンチパラドックス」の原因物質はレスベラトロールかもしれないという可能性が考えられた.しかし,のちにヒト肥満や糖尿病でレスベラトロール投与の検討がなされ,その効果は否定的であった.
次に,メトホルミン (AMPK活性化薬) やラパマイシン (TORキナーゼ抑制薬) が注目されている.従来,前者は糖尿病治療薬,後者は免疫抑制薬としてよく知られていた.個体マウス実験において,低濃度メトホルミン (0.1%) の投与により,5.8%の寿命延長効果がある一方,高濃度メトホルミン投与 (1%) では,むしろ14.4%の寿命短縮が観察された.低濃度メトホルミン投与によりAMPK活性化が確認され,そのときの代謝プロファイルは,カロリー制限時に似ていた2).同様に,ラパマイシン投与により,マウスにおいて9~18%寿命延長効果が確認された3).現在,メトホルミンに関しては,ヒト臨床試験が進行中で,結果が待たれる.
3番目に,NMNはビタミンB3から合成され,NADの前駆体物質として重要である.NMN投与により効率よくNAD合成が促進され,サーチュインが活性化される.老化した多くの臓器 (筋肉,肝,脂肪,脳,膵,心,肺,腎など) でNAD量が低下していることが判明し,NAD供給そのものが臓器機能維持に重要と考えられる4).
〔近藤祥司〕
■文献
Baur JA, Pearson KJ, et al: Resveratrol improves health and survival of mice on a high–calorie diet. Nature, 2006; 444: 337–342.
Martin–Montalvo A, Mercken EM, et al: Metformin improves healthspan and lifespan in mice. Nat commun, 2013; 4: 2192.
Harrison DE, Strong R, et al: Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous mice. Nature, 2009; 460: 392–395.
Yoshino J, Baur JA, et al: NAD+ Intermediates: The Biology and Therapeutic Potential of NMN and NR. Cell Metab, 2018; 27: 513–528.