ⓔコラム5-35-3 ムチン

 ムチンは,巨大な糖蛋白質であり,コア蛋白部分はセリン・スレオニンを中心としたペプチドの反復配列で構成され,O-グリコシド結合により糖鎖が多数結合し,“ビン洗いブラシ”のような構造をしている.さらに同種のムチンのモノマーがN末端・C末端においてジスルフィド結合で結合し成熟したポリマーを形成する.気道分泌物の主要なムチンはMUC5BとMUC5ACである.MUC5Bは気道上皮分泌細胞と気管支粘膜下腺の粘液細胞から分泌され,MUC5ACは近位の気道上皮の杯細胞から分泌される.一方,気道上皮の線毛には膜結合型のムチンMUC1,MUC4,MUC16が存在する.

 現在,気道上皮の粘液輸送に関しては,従来のMUC5B,MUC5ACからなる上層の粘液層と液体が線毛周囲を取り巻く下層のゾル(液体)層というゲル・ゾルモデルではなく,上層の粘液層とMUC1,MUC4,MUC16からなる下層の線毛周囲層の2つのゲル層によるモデルが想定されている.正常状態における気道表層の水分補充は,線毛による粘液層濃度の機械的刺激受容,線毛細胞から気道表層への制御されたATP放出,ならびにプリン受容体活性化によるイオン輸送や水分輸送の微調整によって維持されている.十分に水分補充された正常状態の粘液層(固形分2%,水分98%)は,効果的な粘液輸送を確保するための水分の緩衝材として機能する.しかし,気道上皮の水分吸収の異常により気道表層の水分が減少すると,粘液層の濃度が増加し,浸透圧も線毛周囲層より高くなり,線毛周囲層の水分が減少して線毛周囲層の高さが減少し,効果的な線毛運動が阻害されて粘液線毛輸送の鈍化・停滞が生じる.このように粘液濃度のわずかな異常により,粘液線毛輸送が障害される機構が想定されている.

 他方,ムチンの産生増加・分泌亢進は,ウイルス・細菌などの気道感染,環境性刺激物質の吸入や種々のサイトカイン,炎症性メディエーター,蛋白分解酵素などにより惹起される.気道表層に増加したムチンは,上記のポリマーがカルシウム依存性架橋結合により網目構造を形成し,粘液に弾性を付与している.ムチンの増加は,気道表層の水分補充機構の異常とともに粘液層のムチン濃度を増加させ,粘液線毛輸送を障害し,さらに,炎症により気道内腔に浸潤した炎症細胞の壊死により放出されるDNAや線維状アクチン,血漿滲出物の増加などにより,気道分泌物の粘稠度が高まり,粘液線毛輸送による排出低下をきたし,気流閉塞・感染などの原因となる.

〔大石展也〕

■文献

  1. 日本呼吸器学会咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019作成委員会:咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019.メディカルレビュー社,2019.

  2. Boucher RC: Muco-obstructive lung diseases. N Engl J Med, 2019; 380: 1941–1953.