ⓔコラム7-3-1 適切な検体とその質
感染症診療における基本は,①感染症診断 (感染臓器の特定),②原因微生物の特定 (菌種同定),③治療 (抗菌薬) の決定である.医療従事者に求められるのは,適切な治療により病気を治すことであるが,感染症においては原因微生物を特定できなければ,適切な治療抗菌薬を選択することは難しい.また,感染臓器を特定しなければ,原因菌が含まれる適切な検体を採取できず原因微生物を特定することは難しい.しっかりと感染臓器を特定し,適切な検体を採取,病原体を特定することではじめて適切な治療が行えるのである.この際,大事になってくるのが”検体の質”である.実際に培養検査に提出されることの多い痰や尿,便,血液の取り扱いについては知っておく必要がある.
痰
肺炎患者が喀出した痰を採取する.痰は肺から直接外に出てくるわけではなく,口腔内を経由して滅菌チューブに採取される.喀痰培養で細菌の発育が確認されても,口腔内常在菌の可能性があり,感染症原因菌か否かは注意深く判断する必要がある.特に,痰が出にくい場合,咳をして無理やり検体を出そうとすると,唾液成分だけが採取され,口腔内常在菌ばかりが紛れ込むことがある.検査室では喀痰の質の評価として「Gecklerの分類」が用いられる.これは,喀痰の塗抹検鏡 (Gram染色) を行った際の白血球 (好中球) の数と扁平上皮の数を比較したものであるが,白血球が多く観察される痰は感染巣から採取された良質の検体と考えられ,こうした検体中で観察される病原体は原因菌である可能性が高い.逆に唾液成分である扁平上皮が観察される痰は口腔内常在菌が多く含まれている可能性が高い.これら塗抹検鏡の情報は,その後の培養検査でも重要であり,白血球の多い良質の検体から培養され検出された病原体は原因菌と考え治療対象とする.白血球も扁平上皮も多く含まれる場合は判断に迷うが,検出された病原体と感染臓器から総合的に判断する必要がある.
血液
菌血症を疑う場合は無菌的に血液を採取し培養検査を行う.血液培養検査は,十分に皮膚を消毒したうえで採血を行うが,皮膚の消毒が不十分である場合,皮膚に定着している表皮ブドウ球菌が注射針から血液培養ボトルに紛れ込むことがある (汚染).この際,血液培養ボトル内では培養により表皮ブドウ球菌が増殖するが,これは皮膚に定着していた細菌を拾ってしまっただけで,血流内の細菌をとらえたわけではない.血液培養検査において表皮ブドウ球菌が検出された際は,汚染菌なのか感染原因菌なのか慎重に判断する必要がある.具体的には血液培養検査は必ず2セット以上採取することが推奨される.これにより,例えば,2セット中1セットのみから表皮ブドウ球菌が検出された場合は汚染の可能性が高いが,2セット中2セットから表皮ブドウ球菌が検出された場合は感染症原因菌と考える.また,血流感染症において血液中の菌量は多くないため,2セット採取することで感度を上げることも可能となる.
尿
尿検体は尿路感染症を疑った場合に採取される.尿沈渣で白血球を多く認める場合は (膿尿),尿路感染症を疑う.腎臓や尿管,膀胱などの尿路は準無菌であるが,陰部を経由して採取されるため,尿培養検査では汚染に注意が必要である.また,尿道カテーテルなどが挿入されている場合は,細菌が感染症を起こさない状況で保菌されることもある.尿培養の結果は尿路感染症の有無をしっかり判断したうえで原因菌か否かを検討する.
便
便中は細菌だらけであり,便を培養すると正常細菌叢を形成する大腸菌や嫌気性菌などが大量に発育する.もし,何かしらの病原体による腸管感染症を起こしていたとしても,普通に培養しただけでは原因病原体は正常細菌叢の細菌にマスクされて検出できない.便培養検査を出す際は,必ず疑う原因菌を明確にしたうえで,その病原体を探す必要がある.
〔山口哲央〕