ⓔノート3-6-2 老化の多様性と寿命の進化論的考察

 2020年現在,日本は世界で唯一高齢化率25%をこえた国である (世界平均は9%).しかしながら,グローバル高齢化の波は着々と押し寄せており,2050年頃にはヨーロッパ各国,中国,韓国,タイ,シンガポール,イラン,チリ,カナダなどが高齢化率25%をこえ,世界平均も18%となる (WHO予測).その頃,日本は37.7%超と予想される (日本の将来推計人口 (平成29年推計) 国立社会保障・人口問題研究所).そのような「老化先進国」日本は,健康長寿者増加の一方,寝たきり・フレイルの増加という,「高齢者 (老化) の多極化・多様化」に直面している.「老化の多様性」は,多彩な高齢者を生み,その臨床症状にも観察される.例えば,動脈硬化の指標である頸動脈の内膜肥厚 (ひこう) や脈波速度において,若年者では均一に低値を示すが,高齢者は低値から高値まで「ばらつき」が大きい1).確かに高齢者の平均値は若年者より悪化はしているが,若年者よりも値のよい高齢者も一部存在する.さらに,ヒト臨床のみならず,マウスの単一細胞解析でも,遺伝子発現レベルが,若年では均一で,高齢ではばらつく遺伝子群が見つかり,「老化の多様性」が確認された2)

 なぜ,若年では均一である一方で,高齢 (老化) ではばらつくのか.「老化の多様性」を議論する一助として,「寿命の進化論的考察」が提唱されている3).人類は約600万年前にサルから進化したと考えられ,その頃のヒトの寿命は,サルとほぼ同様の20歳前後と想定される.一方,1900年頃の先進国でのヒト平均寿命は40~50歳である.よってこの600万年の過程で人類は,20~30年程度の寿命延長に成功したと考えられる.サルからヒトへの進化の特徴として,①二足歩行,②からだと脳の巨大化,③手の自由度向上,④脱アフリカによる環境改善,などが挙げられる.このような進化上獲得された生理的恒常性が,人類の寿命延長に貢献したと推定される.しかし,100年後の21世紀では,日本を含む先進国の平均寿命は75~80歳程度であり,さらなる20~30年の寿命延長に成功したと考えられる.この爆発的な寿命延長の原因は,①飢餓根絶,②貧困や戦争の減少,③衛生環境の改善,④医療向上など,環境因子の改善が多くを占める.

 このような進化論的考察より,人類の寿命延長は2つに大別できる.①50歳までの延長は,600万年かけて内因性に獲得された生理的恒常性を基盤とし,②75歳までの延長は,環境因子の改善による.よって,後者の50歳以降の寿命延長は個体差や地域差の影響が出やすいと推測され,老化の多様性の一因となる.以上のような考察から,ヒトの寿命は「50歳以降は遺伝的にプログラムされていない」という仮説が生まれたと推測される.

 実際に,進化上,正に働いた獲得形質が,高齢で負に働く現象が多く報告されている.①二足歩行は,ヒトが寝たきりに陥りやすい生物である理由の1つであり,②脳の巨大化は,ヒトが脳梗塞を起こしやすい素地となり,③飢餓適応の能力は,飽食の現代において肥満や生活習慣病へと変容する.このような観察から,老化は「進化とのトレードオフ」の結果とも考えられるようになった.このような進化生物学に基づく医学は,進化医学 (またはDarwin医学) の名前で注目されている4)

〔近藤祥司〕

■文献

  1. Vaitkevicius PV, Fleg JL, et al: Effects of age and aerobic capacity on arterial stiffness in healthy adults. Circulation, 1993; 88: 1456–1462.

  2. Bahar R, Hartmann CH, et al: Increased cell–to–cell variation in gene expression in ageing mouse heart. Nature, 2006; 441: 1011–1014.

  3. 近藤祥司:老化という生存戦略―進化におけるトレードオフ,日本評論社,2015.

  4. Wallace DC: A mitochondrial paradigm of metabolic and degenerative diseases, aging, and cancer: a dawn for evolutionary medicine. Annu Rev Genet, 2005; 39: 359–407.