ボイス・ブローキング・システムとは, 銀行とブローカー間を電話(ホットライン) あるいはテレグラム, FAXで結び, ブローカーに対して注文(気配値)を提示し, 取引可能な他のブローカーを探し出してもらう仲介システムを指す. たとえば, 図1に示すように, あるブローカーに外国為替銀行Aから出されたドル買いの注文が114.20円/ドル, ドル売りの注文が114.26円/ドルとすれば, このブローカーはホットラインを通じて参加するトレーダーに対して, 相場を114.20-26と唱える. これを聞いて, 別の外国為替銀行Bが同じくホットラインを通じて114.20円/ドルでドルを売る通知をして来れば, 取引が114.20円/ドルで成立する. USD/JPYと記述した場合, アメリカドル(USD)1単位の価格を日本円(JPY)建てで表記する. この場合前にあるUSDを第一通貨, 後ろにあるJPYを第二通貨と呼ぶ. 第一通貨を第二通貨で買う(売る)ということと第二通貨を第一通貨で売る(買う) ということは同じ意味である.
便宜上第一通貨を第二通貨で相手が買ってくれる価格のことを買気配または ビッド(bid)第一通貨を第二通貨で相手が売ってくれる価格のことを 売気配またはアスク(ask)と呼ぶ. アスクのことはオファー (offer)とも言う. 現在市場に出ているものの中で最大の買気配値のことを最良買気配 またはベスト・ビッド(best bid)最小の売気配値のことを 最良売気配またはベスト・アスク(best ask)と呼ぶ. ベストビッドとベストアスクの幅を証券市場同様にビッド・アスク・スプレッドと呼ぶ.
例えば, USD/JPYの場合銀行間取引の1取引単位は1,000,000USD(日本円で約1億円)である. 外国為替市場において市場参加者は伝統的に両建て提示 (two way quotation)と呼ばれる独自の注文方法を採用してきた. 両建て提示とは売りを意図している注文であっても, 買いを意図している注文であっても, 両方の注文価格を同時に提示する注文方法である. この方法を採用しているために, 外国為替市場の注文記録から需給バランスを原理的に推定することができない.
ボイス・ブローキング・システムの多くは, ブローカー集団が円卓を囲み, ブローカー集団間が口頭やジェスチャーを通じて意思疎通を行うことによって成立している (図2のような情報伝達経路をとっている). そして, 現在自分達の顧客が提示している注文のすりあわせを行い, 取引可能なトレーダーを探し出し取引を実現することを行っている.
表1 外国為替市場の代表的な地域と市場の活動時間.
Region | IH | Local Open | Local Close | Local Time Zone |
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Sydney | SY | 8:00:00 | 17:00:00 | Australia/Sydney |
Tokyo | TK | 9:00:00 | 17:00:00 | Asia/Tokyo |
Singapore/Hong Kong | HK | 8:00:00 | 17:00:00 | Asia/Hong Kong |
London | LN | 8:00:00 | 17:00:00 | Europe/London |
New York | NY | 8:00:00 | 17:00:00 | America/New York |
Global | GL | 17:00:00 | 17:00:00 | America/New York |
世界標準時であるUTCで時間を取ると, アジア活動時間は0:00-8:00 (UTC+2), ヨー ロッパ活動時間は8:00-16:00 (UTC+2), アメリカ活動時間は 16:00-24:00(UTC+2)に対応する. 国による夏時間(Day Saving Time) 導入の違いに多少は依存するが,世界標準時間(UTC)から見たときに時間の移動が起こる. また,国による祝祭日の違いも外国為替市場の取引の状態に影響を与える. 例えば8月15日や12月24日はキリスト教圏では祝日となっているが, 日本では通常の営業日である.
アジア活動時間帯で外国為替取引の中心的な地域は, 東京, シンガポール, 香港である. また, ヨーロッパ活動時間帯はフランクフルト, ロンドンが市場を形成している. アメリカ活動時間帯では,世界の情報が集まるニューヨークの影響が大きい.
3年に一度, 国際決済銀行(Bank of International Settlement;BIS) は BIS Triennial Central Bank Survey (BIS) と呼ばれる世界中の中央銀行やトレーダー集団から集計した外国為替の取引状況に関するサーベイを出版している. この情報によると, USD(アメリカドル), EUR(ユーロ), JPY(日本円) は2004年現在世界で取引量の多い3大通貨である.また, GBP(イギリス・ポンド), CAD(カナダ・ドル), AUD(オーストラリア・ドル), SEK(スウェーデン・クローナ), NOK(ノルウェー・クローネ)は取引量の多い通貨である. 表2に3大通貨の各時間帯における取引量を記す. USDはヨーロッパ活動時間帯で半分以上が取引されている. EURもまたヨーロッパ活動時間で70% が取引されている. JPYはアジア活動時間とヨーロッパ活動時間でそれぞれ40% 程度が取引されている. 各国の通貨はISO 4217で規定される3文字の通貨コード(表3参照)で通常表記される. 以降の章においてもこの表記法を使用する.
表2 BIS Triennial Central Bank Survey2004に基づき2001年 4月における1日平均の取引量を100万米ドルで表記した.
活動時間帯 | USD | EUR | JPY |
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アジア活動時間 | 373,179 (25.3%) | 74,745 (12.2%) | 160,384 (43.4%) |
ヨーロッパ活動時間 | 806,997 (54.8%) | 430,156 (70.3%) | 137,731 (37.3%) |
アメリカ活動時間 | 292,563 (19.9%) | 106,909 (17.5%) | 71,448 (19.3%) |
全活動時間 | 1,472,739 | 611,810 | 369,563 |
表3 主要通貨のISO 4217コードと国・通貨名.
コード | 国・通貨 | コード | 国・通貨 |
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AMD | アルメニア・ドラム (Armenia Dram) | AUD | オーストラリア・ドル (Australian Dollar) |
ARS | アルゼンチン・ペソ (Argentina Peso) | AZN | アゼルバイジャン・マナト (Azerbaijan Manat) |
BDT | バングラデッシュ・タカ (Bangladeshi Taka) | BRL | ブラジル・レアル (Brazil Real) |
BHD | バーレーン・ディナール (Bahrain Dinar) | BTN | ブータン・ニュルタム (Bhutan Ngultrum) |
CAD | カナダ・ドル (Canadian Dollar) | CHF | スイス・フラン (Swiss Franc) |
CLP | チリ・ペソ (Chilian Peso) | COP | コロンビア・ペソ (Colombian Peso) |
CNY | 中華人民共和国・元 (Chinise Yuan) | CZK | チェコ・コルナ (Czech Koruna) |
DKK | デンマーク・クローネ (Danish Krone) | DZD | アルジェリア・ディナール (Algerian Dinar) |
EUR | 欧州連合(EU)・ユーロ (Euro) | EGP | エジプト・ポンド (Egyptian Pound) |
FJD | フィジー・ドル (Fiji Dollar) | GBP | イギリス・ポンド (British Pound) |
GHC | ガーナ・ セディ (Ghanaian Cedi) | HKD | 香港・ドル (Hong Kong Dollar) |
HUF | ハンガリー・フォリント (Hungarian Forint) | IDR | インドネシア・ルピア (Indonesian Rupiah) |
INR | インド・ルピー (Indian Rupee) | ISK | アイスランド・クローナ (Iceland Krona) |
IRR | イラン・リアル (Iranian Rial) | JPY | 日本・円 (Japanese Yen) |
JMD | ジャマイカ・ドル (Jamaican Dollar) | KZT | カザフスタン・テンゲ (Kazakhstan Tenge) |
KES | ケニア・シリング (Kenyan Shilling) | KRW | 大韓民国・ウォン (South Korean Won) |
LBP | レバノン・ポンド (Lebanon Pound) | LVL[10] | ラドビア・ラト (Latvian Lat) |
MNT | モンゴル・トゥグルグ (Mongolia Tugrik) | MYR | マレーシア・リンギット (Malaysian Ringgit) |
MXN | メキシコ・ペソ (Mexican Peso) | NOK | ノルウェー・クローネ (Norwegian Krone) |
NZD | ニュージーランド・ドル (New Zealand Dollar) | OMR | オマール・リアル (Omani Rial) |
PEN | ペルー・ソル (Peruvian Nuevo Sol) | PKR | パキスタン・ルピー (Pakistan Rupee) |
PHP | フィリピン・ペソ (Philippine Peso) | PLN | ポーランド・ズウォティ (Poland Zloty) |
RON | ルーマニア・レイ (Romanian Lei) | RUB | ロシア・ルーブル (Russian Rouble) |
SEK | スウェーデン・クローナ (Swedish Krona) | SKK[11] | スロバキア・コルナ (Slovak Koruna) |
SIT[12] | スロベニア・トラル (Slovenia Tolar) | SGD | シンガポール・ドル (Singapore Dollar) |
THB | タイ・バーツ (Thai Baht) | TRL | トルコ・リラ (Turkish Lira) |
UAH | ウクライナ・フリヴニヤ (Ukrainian Hryvnia) | USD | アメリカ合衆国・ドル (United States Dollar) |
VER | ベネズエラ・ボリバル (Venezuelan Bolivar) | ZAR | 南アフリカ・ランド (South Affrican Rand) |
国際決済銀行の2013年の外国為替市場に関するレポートによると1日平均 (4月1日平均)の外国為替市場の取引量は5兆3,450億米ドル(日本円で約507兆円, 1アメリカドルを95円として換算)である. 表4は1998年から2013年までの4月1日平均取引高の推移を示している. 1998年からの集計によると約3.5倍に増加している. この集計値は取引を行ったディーラー両方について取引をした通貨について2重に計算を行った値である.
表4 1998年から2013年までの外国為替市場で取引された1日あたりの平均取引高. 2013年版BIS Triennial Central Bank Surveyの外国為替市場レポートに基づく. 単位は10億米ドル.
集計年 | 1998 | 2001 | 2004 | 2007 | 2010 | 2013 |
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通貨交換 | 1,527 | 1,239 | 1,934 | 3,324 | 3,971 | 5,345 |
スポット取引 | 568 | 386 | 631 | 1,005 | 1,488 | 2,046 |
アウトライト・フォーワード取引 | 128 | 130 | 209 | 362 | 475 | 680 |
外貨スワップ取引 | 734 | 656 | 954 | 1,714 | 1,759 | 2,228 |
通貨スワップ 取引 | 10 | 7 | 21 | 31 | 43 | 54 |
オプションおよび他の商品 | 87 | 60 | 119 | 212 | 207 | 337 |
外国為替市場で取引されるスポットでの取引量は, 2013年には1日2兆米ドル(約190兆円)を越え, 約90% が電子ブローキングシステム, ボイスブローキングシステムが約10% となっている. 世界的に見ると複数のボイスブローキングシステムと複数の電子ブローキングシステムが, 銀行間または企業間の通貨交換の仲介業務を行っており, 銀行間での直接的取引(直取引)も行われている.
一方2次データ・プロバイダは複数の電子ブローキング・ システムから通貨注文と取引に関するデータを購入し連結して提供している. 2次データ・プロバイダは一般に外国為替市場データのみを取り扱っているわけではなく, 証券や債券, 国債, 金属, エネルギーなどの様々な金融データを収集販売している. そのため, 2次データ・プロバイダから提供されるデータの解像度や頻度は1次データ・ プロバイダの提供するデータに比べて高くない場合があるが, 一方でカバレッジは大きいという長所がある. 本章で利用するCQG社(CQG社 http://www.cqg.comから販売されるCQG Comprehensive FXの場合, 時間解像度は1分であり注文のデータのみが利用可能である. データは通貨ペア単位で販売されている.
データは標準的なCSV(comma separated values)形式で, ヘッダーとトレイラーはない. また, データは匿名化されており, 注文値(ビッドとオファー)と約定値の情報が含まれている.
日本が1952年にブレトン・ウッズ協定に加盟した結果, 日本における外貨取引が可能となり, 東京外国為替市場が再開される. ブレトン・ウッズ体制は1960年代に入り世界経済の変化によって圧力を受けつつも持続したが, 1971年8月15日にアメリカ大統領ニクソンによって, アメリカドルと金との等価交換制度が変更されたことを受け(ニクソンショック), 1971年12月アメリカドルの切下げと為替変動幅を拡大したスミソニアン体制が始まる. スミソニアン体制は1972年にイギリス・ポンドが変動相場制へ移行, 日本・円も1973年2月に変動相場制へ移行したのに続き, ドイツ・マルクは1973年3月に変動相場制へと移行したことを受け事実上崩壊し, 1976年1月キングストン合意により変動相場制 (フロート制)の承認と金とアメリカ・ドルとの固定的な交換比率の廃止が決まった. アメリカ・ドルは以降兌換通貨でなくなる.
1971年以降, 多くの通貨に対して, 変動相場制のもとで, 通貨の交換すなわち通貨取引が盛んに行われるようになり, 外国為替市場は世界的な市場として発展するようになった. 更に, 1985年のプラザ合意以降, イギリスのビッグバン政策が実施されたことに強い影響を受け, 多くの国々では通貨流通に関する制限は撤廃され, 一部の経済的に弱い国を除いて通貨交換レートが市場原理 (market mechanism)に従い変化するようになっていった.
東南アジアの国々では, 自国の経済発展を安定化させるために, 変動相場性による不安定要因を弱める目的で, バスケット方式による, 固定相場制度を維持し続けた. しかしながら, 外国為替市場の世界的な取引活発化の結果, 1997年に固定相場制を維持することができなくなり, タイ・バーツの暴落に代表されるいわゆるアジア危機が生じた.
また, ヨーロッパでは1979年にECが導入した通貨システムが, ECの拡大発展に伴って成立した欧州連合(EU)に引き継がれ, 1999年には欧州共通通貨ユーロ(Euro)の導入へと発展する.
日本円とアメリカ・ドルとの交換レートはブレトン・ウッズ体制のもとで, 当初, 1ドル360円に固定されていた. 1973年2月の変動相場性への移行後, 日本円とアメリカ・ドルの交換レートは, 1975年12月に1ドル307円の最高値を記録して以来, 日本の輸出産業の強さに起因して円高ドル安の展開が続き, 1995年4月19日, 東京外国為替市場が1ドル79.75円の最高値を記録した. さらに, 2011年10月31日には75.54円となりこれまでの最高値記録が更新された.
表5 外国為替市場主な出来事
西暦 | 出来事 |
---|---|
1944年7月 | 第二次世界大戦の終わり頃1944年7月, 連合国45カ国がアメリカ・ ニュー・ハンプシャー州・ブレトン・ウッズに集まり国際通貨体制に関する会議を開催する. (ブレトン・ウッズ協定) |
1952年 | 日本がブレトン・ウッズ協定に加盟した結果, 日本における外貨取引が可能となり東京外国為替市場が再開される. |
1971年8月15日 | アメリカ大統領ニクソンによって, アメリカドルと金との等価交換制度が変更される. (ニクソン・ショック) |
1971年12月 | アメリカ・ドルの切下げと為替変動幅を拡大したスミソニアン体制が始まる. |
1973年2月 | 日本・円が1973年2月に変動相場制へ移行したのに続き, ドイツ・マルクは1973年3月に変動相場制へと移行する. 事実上固定相場制から変動相場制への転換が起こる. |
1975年12月 | 変動相場制移行後最高値. 1USD=307JPY |
1976年1月 | 変動相場制(フロート制)の承認と金とアメリカ・ ドルとの固定交換比率の廃止が決まる. (キングストン合意) |
1985年 | プラザ合意. これ以降イギリスのビッグバン政策が実施されたことに強い影響を受け, 多くの国々で通貨流通に関する制限が廃止される |
1997年 | 固定相場制を維持することができなくなり, タイ・バーツの暴落に代表されるいわゆるアジア危機が生じる |
1999年 | 欧州共通通貨ユーロの導入が行われる |
1995年4月19日 | 東京外国為替市場で1USDが79.75JPYの最高値を記録 |
2008年9月15日 | アメリカ・リーマンブラザーズの破綻(リーマン・ショック) |
2010年5月 | 欧州連合におけるソブリン債危機(ユーロ・ショック) |
2011年8月5日 | 米国債ショック |
2011年3月11日 | 東日本大震災により東北太平洋沿岸に大きな被害が発生 |
2011年10月31日 | 東京外国為替市場で1USDが75.54JPYの最高値を更新 |
2012年2月14日 | 日本銀行が10兆円の大型金融緩和を発表 |
2013年10月15日 | アメリカ政府機関の一時的な閉鎖と米国債デフォルト危機 |
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