市場取引のメカニズム

高頻度データは, 個別取引を全て記録したデータ, ないしは, サンプリング間隔を極めて短く取って採取したデータであるため, そのデータを生成させる市場のアーキテクチャを直接反映したものとなる (本書3.2節参照) . 従って, 分析対象がどのような市場であり, どのような市場参加者が取引に参加しているか, 注文がどのように出され取引が成立するかの一連の流れ(取引プロセス)を正しく理解しておく事が望ましいし, また, 目的によってはそれらの理解が不可欠な要素となる. 市場アーキテクチャの主な特徴は, 市場タイプ, 注文方式, 取引手順, 透明性, 市場外取引(off-market)によって定まる (Madhavan, 2002). 以下では, まず, このうち市場タイプを決定する2つの重要な特性である, 取引の仕組み(価格決定方式), 注文処理頻度について取り上げる.

 [文献]
Madhavan, A. (2002) "Market Microstructure: A Practitioners' Guide", Fin. Analysts J., Vol. 58, pp. 28-42.


価格決定方式

証券の価格を市場内外へ迅速かつ正確に伝えることは, 市場の果たすべき最も基本的かつ重要な役割である. これを市場の 価格発見(price discovery) 機能と言う. この市場における取引価格の決定方式によって, 市場はディーラー方式とオークション方式とに大別される.

ディーラー方式 (dealer market)とは, 売買の成立に値付け業務 (マーケット・メーク)を行うディーラー (マーケット・メーカー)が介在し売買の仲介を行うもので, ディーラーの気配(クォート, quote)がその後の取引を呼び込むことから, 「気配駆動方式」(「クォート・ドリブン(quote-driven)方式」) または「価格駆動方式」とも呼ばれる. ディーラー方式には, さらに, 単一ディーラー方式と複数ディーラー方式がある (例:Lyons, 2001)

オークション(競争売買)方式(auction market)とは, 大量の売り注文, 買い注文を単一価格で精算する方式で, 市場参加者(顧客)より市場に出される売買の指値注文が注文板 (order book)を形成し, 注文はルール上の優先順位に従ってマッチング(付け合せ)が行われる. 特に, 売り手と買い手の双方が値段を出し合い条件の合う相手と約定成立させる単一価格・二方向(single-price double/two-sided)方式が標準的である (単に「ダブル・オークション」と言う). 最も価格競争力のある指値注文が 「最良売気配 (best ask)」,「最良買気配(best bid)」となる. すなわち, 各時点において, 既に届いている売指値注文の中で最も低い売り希望価格を持つ注文(価格)が最良売気配(値), 逆に買指値注文の中で最も高い買い希望価格を持つ注文(価格)が最良買気配(値)である. 複数の指値注文間の競争 (価格優先原則・時間優先原則-下述)によって市場内競争が維持される. 指値注文が新たな取引を呼び込むことから 「注文駆動方式」(または「オーダー・ドリブン(order-driven)方式」と呼ばれる. 東証をはじめ世界の取引所の大半が採用する方式である.

気配駆動型市場においては, 多くの場合, 取引相手に対して価格や数量に関する交渉が可能であり, この点は注文駆動型市場とは異なる.
なお, NYSEは, オークション方式とディーラー方式のハイブリッド型である. オークション市場と単一ディーラー市場のハイブリッド型である. スペシャリスト(マーケット・メーカーの一種)が顧客からの指値注文板を維持しながら, 成行注文に対して, 板内の反対サイドの指値注文と取引成立させるか, 自らが反対サイドに立って取引成立させるかを決める. 指定マーケット・メーカー(Designated Market Maker)と呼ばれる業者達(以前は“スペシャリスト”と呼ばれた) が, 担当する証券に関して“公正で秩序ある”市場の維持の義務を負っている.

 [文献]
Lyons, Richard K. (2001) "The microstructure approach to exchange rates", MIT Press.

インデックスに戻る


注文処理頻度

一方, 市場に到着する注文が成立する頻度によって, 「連続取引」, 「定期取引」, 「リクエスト駆動取引」に分けられる. 連続取引 (continuous trading)とは逐次発生する売買注文を継続的に個別にマッチングさせる方式である. 定期取引とは, あらかじめ定めれた特定の時点において取引が一括して行われる.

リクエスト駆動取引 (request-driven trading)とは, (気配更新を常時行わない)マーケットメーカー/ディーラーに対して取引を希望するたびに随時気配を要求し, 取引を行うものである(Johnson, 2010).

さて, 以上の価格決定方式と注文処理頻度の主要な組み合わせとして,

がある (例: 井上, 2006). 例えば, 東証では, 売買立会の始めの約定値段(始値)や売買立会終了時における約定値段(終値), あるいは売買が中断された場合の中断後の最初の約定値段は板寄方式によって決められ, それ以外の, 売買立会時間中はザラ場方式によって取引が成立させられるという点で, ハイブリッド型と言える.

一般に, 流動性の高い証券に対してはオークション方式が, 流動性の低い証券に対してはディーラー方式が上手く機能するとされる. 流動性の低い, すなわち, 売買頻度の低い証券がオークション方式によって取引されているケースでは, その証券の取引価格に影響を及ぼすようなニュースがあった場合に, 売買注文が片サイドに偏り易く, 従って取引価格が過大に上下し易いと考えられる. 他方, それがディーラー方式であれば, その証券の値付け義務を負うディーラーが常に取引の相手方として存在することになるから (そのディーラーが値付け業務から撤退しない限りにおいて), 取引価格の過大な変動を抑制することができると考えられる.

なお, 同一証券であっても, 少量枚数の取引に際しては, コストが低く, 通常十分な流動性を提供する注文板方式が好まれるが, 多量枚数の取引に対しては, マーケット・メーカー・システムの方が望ましいと考えられる. 実際, マーケット・メーカーを置かない純粋な注文板市場においても, いわゆるブロック取引(block trades)と呼ばれる, 大きな注文を処理するための特別な取引手順が用意されていることが多い.
また, 連続オークション方式は, 電子的に行われる「自動連続オークション方式 (automated continuous auction)」と, 人を介して行われる「フロア方式」または「オープン・アウトクライ(open outcry)」に細分類されることもある (例: Coppejans-Domowitz, 1997).

いまや市場取引において主要な地位を占める 自動取引市場システム (automatic trade execution system)の分類もなされている. Domowitz(1993)は, 執行優先ルール, マッチング規則(プロトコル)・価格発見の自動化度合, 透明性・市場参加者間の情報非対称性の構造の点から, 16カ国50以上の自動取引市場システムの分類を行った.

さて, これらの市場のタイプで望ましいのはどれだろうか? このような問に対する普遍的な答は存在しない. 異なる種類の市場同士の相対評価を行う際の基準となりうるのが, 流動性という概念である.

 [文献]
Johnson, B. (2010) "Algorithmic Trading and DMA: An introduction to direct access trading strategies", 4 Myeloma Press.
井上 武 (2006) "取引所における株式売買仕法の多様化", 資本市場クォータリー, pp. 112-120.
Coppejans, M. and Domowitz, I. (1997) "Automated Trade Execution and Open Outcry Trading: A first look at the GLOBEX trading system", Preprint.
Domowitz, I. (1993) "A taxonomy of automated trade execution systems", J. Int. Money Finance, Vol. 12, pp. 607-631.

インデックスに戻る


市場の流動性

トレーディングやリスク管理の現場において, 対象証券の「流動性」を把握しておくことは重要である. とりわけ, 一日内に何回も取引の行われる証券においては, その流動性を測定するのに高頻度データを利用するのは自然であろう.

ここで, 流動性(liquidity)とは, その市場において, より多くの注文枚数を, より小さな価格インパクト (=自分の注文が自分自身の約定価格に及ぼす影響度合) で, より早く取引可能か否かを示す市場特性である.
流動性は, 通常, 時間と価格の2つの軸で評価される. 前者は決められた枚数の証券を短い時間で取引可能か否かという軸であり, 後者は, 多数の証券を価格に影響を及ぼすことなく(自分にとって不利な方向へと動かさずに)取引可能か否かという軸である. 前者は注文の発注から執行まで要する時間として評価可能なものであるが, 後者は価格を動かさない注文量の最大値であり実質上計測不能である.
Kyle(1985)は, 市場の流動性の要素として「スプレッド」, 「デプス 」, 「レジリアンス」の3つの概念を示した.

これらは相互に関連していると考えられる. このほかの要素 市場参加者の市場に関する見方の「多様性」(diversity)を挙げる研究者もいる (Persaud, 2003).

1999年に発生したアジア通貨危機およびロシア危機は, 市場の流動性の決定要因やダイナミックスに関する研究の重要性が再認識される契機となった. 中でも, ダイナミックスに関わる現象である, (関連市場の流動性を奪う形で実現される)特定市場または商品への「流動性の集中」 (concentration), ある市場からの「流動性の枯渇」(evaporation)およびその一方流動性が高い資産への「流動性への逃避」(flight to liquidity)は大きく関心を持たれた. (国際決済銀行 「市場流動性:研究成果と政策へのインプリケーション (日本銀行仮訳)」, 1999.) これらに関する研究の重要性はリーマン・ショックを経た今日においても変わりはない.

流動性指標として, 「Kyleのλ (ラムダ)」が有名である (Kyle, 1985). 高頻度データを使ったKyleのλの計測例としては, 例えば (Tay et al., 2009)がある.

 [文献]
Kyle, A. S. (1985) "Continuous Auctions and Insider Trading", Econometrica, Vol. 53(6), pp. 1315-1335.
Persaud, A. (2003) "Liquidity Black Holes: Understanding, Quantifying and Managing Financial Liquidity Risk", Risk Books, pp. 85-104.
Tay, A. et al (2009) "Using High-Frequency Transaction Data to Estimate the Probability of Informed Trading", J. Fin. Economet., Vol. 7(3), pp. 288-311.

インデックスに戻る


注文の種類

注文方法には, 指値注文と成行注文の二種類がある.

指値注文(limit order)とは, 予め取引希望価格(=指値)を指定して発注する注文である. 指値注文は注文板に提示され, 取引を希望する反対サイドの市場参加者からの注文(指値注文か, 次に説明する成行注文) が市場に届き, つけ合わされる(マッチングされる)のを待つ. 買い注文の場合は指値以下, 売り注文の場合は指値以上で約定価格が決まる. すなわち, 希望価格より悪い価格で約定することはないが, 必ず約定するとは限らず, 未執行のリスクを伴う.

一方,成行注文(market order)とは, 希望価格を指定せずに発注する注文である. 注文が到着した時点で最も良い価格(「最良気配値」)を提示している注文板上の指値注文に対して, (買い成行注文なら最も安い売り指値注文から, 売り成行注文なら最も高い買い指値注文から) 直ちに付け合わせが行われ, 約定が成立する. 注文板上の反対サイドに希望売買数量以上の指値注文が既にあれば必ず約定するが, 約定価格は注文時には分からず, 価格が不利な方向へと動いてしまう, マーケット・インパクトのリスクを伴う.

例えば, 国内株式市場においては, 取引量の多く, 流動性の高い東証などにおいては, 指値注文, 成行注文の双方が可能であるが, 東証に比べれば板の薄い2つの私設取引所(SBI Japannext PTS, Chi-X Japan PTS) においては, 指値注文のみが可能である(2013年10月時点).
さらに, 注文に付加的な執行条件をつけることが可能な市場もある. 例として, IOC (immediate or cancel)条件とは, 未約定の注文数量が残った場合に, 未約定分を注文板の反対サイドに新規の指値注文として残さずに即座にキャンセルするという執行条件である. 例えば, 数量の大きな買い指値注文を出すケースにおいて, 注文板上の希望価格にある売指値注文に対して部分的にマッチングした場合に, IOC条件のない注文においては未約定分が新規の売指値注文として当該希望価格にてそのまま注文板上に提示されることになるが, IOC条件が付与されていれば未約定分は直ちにキャンセルされ, 注文板に反映されることはない.
また, FOK (fill or kill)条件とは, そのような部分約定は許さず, 全約定が可能な場合のみ即時マッチングが行われ, そうでない場合には, 全注文が直ちにキャンセルされるという条件である.

インデックスに戻る


連続取引と価格優先・時間優先原則

通常, 注文板市場における連続取引においては, 「価格優先・時間優先原則」が適用される. ここで,「価格優先原則」とは, 売り注文は希望価格の低い注文から, 買い注文は希望価格の高い注文から順に取引を成立させる原則であり,「時間優先の原則」とは同じ希望価格の注文では, 時間の早い注文が優先されるという原則である. さらに, 成行注文のある市場においては, 希望価格を指定しない成行注文は, そうでない指値注文よりも優先される(「成行優先原則」).

例えば, 指値買注文が到着した場合, もし買い希望価格が注文板上の反対サイドにある最良売気配値以上であれば, 価格優先原則により, 約定可能な枚数まで最優先で(即座に)マッチングが行われるが, もし最良売気配値未満であれば, 注文板上の買いサイドにあるその買い希望価格の “待ち行列”の最後に加えられる. 待ち行列の中では, 時間優先原則により, 到着時間の早い買い指値注文から(当該買い希望価格以下の売り希望価格を持つ売り注文が入ってくるたびに)順次マッチングが行われる. また, 注文板上では, 既に提示済の指値注文に対して, 希望価格を変更したり, 数量を減らしたり, あるいは, 注文そのものをキャンセルしたりなど, 常時, 気配更新が行われる.

以上, 注文板市場に指値注文を提出し注文板を厚くする市場参加者を流動性供給者(liquidity provider), 一方, 即時約定により注文板から指値注文量を減らし結果的に板を薄くする参加者を流動性需要者(liquidity taker)と呼ぶ.

近年, 欧米株式市場や日本国内において取引シェアを伸ばしている, 証券取引所に対する代替的市場(欧米ではECN (Electronic Communication Network), 国内ではPTS (Proprietary Trading System)と呼ばれる)の中には, 流動性供給者の手数料を流動性需要者の手数料より低く抑えることで, 指値注文の発注を促し 注文板を厚くする, すなわち市場の流動性を維持するように誘導する戦略を取っている市場もある.

インデックスに戻る


市場参加者

次に, 本書に登場する代表的な市場参加者について整理しよう. 以下では市場関係者でない顧客である「私」から見た市場参加者を挙げよう(立場によって, 呼び方が異なることに注意せよ). 一方, 外国為替市場においては, 3種類の取引, 顧客・ディーラー間取引, ディーラー間直接取引(direct interdealer), ブローカーを介してのディーラー間取引(brokered interdealer)が並行して行われる. 同一商品が24時間(地球上のどこかで)取引が可能であるなど, 株式などの証券取引とは異なる独自の取引ルールや市場形態を持っている.
電子取引が普及し, 人間の手を介さないアルゴリズム取引や高頻度トレードの一般化が進行している今日, これまで人間が担っていたこれらの「市場参加者」としての役割は年々コンピュータに取って代わられつつある.

インデックスに戻る


(C)2016 Takaki Hayashi and Aki-Hiro Sato. All rights reserved. 無断転用を禁ず